20080613 2008・春・買い付け旅行・南仏
20080502 想い出したサンタフェの旅
20080208 バレンタインデー
20071224 クリスマスとサンタさんと数字の7
20071101 2007年買い付け旅行
20070922 Good-by ハーレム!!
20070714 ぐるぐる美術館
20070531 崖っぷちツアー
20070410 これから少しずつ・・・
スキナモノ
本:
「反哲学的断章」
L・ヴィトゲンシュタイン
芸術家:
A・ジャコメッティ
G・モランディ
キース・ヘリング
映画:
約30の嘘 / 八月のクリスマス
ユージュアルサスペクツ
夜の上海
場所:
Land's End / アラン諸島
パリ / ランカウイ
お店:
AUX BACCHANALES
コム・ダビチュード
Cozima







2008・春・買い付け旅行・南仏
20080613
今年も旅をしてきました!南仏の田舎町。新たな素敵なお店を見つけたり、以前から仲良くしているロべルト・ナターシャ夫妻の自宅を訪問したりととても有意義な滞在だったのですが、天気だけはメチャクチャでした。夜中はカミナリがゴロゴロ、ドッカーンだし、日中は突然嵐の様にもの凄い雨と風がブウォ〜と。
そして、そんな天候の様に僕にも嵐が起こりました。それは最終日のこと。パリへ戻る12時39分の特急電車に乗る為、10時にホテルでロベルト夫妻と待ち合わせ。だけど、何故か昨日までの大きな4WDではなく、ストライプ模様が眩しい肉屋さんの小さな車。なぜなんだ〜WHY?「昨日窓を空けっぱなしにしていたら、車の中が洪水になってさ〜テヘ。」と。だから仲の良い肉屋さんからこの車を借りてきたんだと。
そう、それが嵐の前兆だったのです。大きな荷物を無理矢理車に載せて郵便局へ持ち込んだのですが重量オーバーなのです。前日、彼らと一緒に制限重量30キピッタリに梱包したはずの荷物2つが、それぞれ40キロもあるのです。合計80キロの荷物を3つの箱に分けなければならなくなりました。慌てて近くの専門店に段ボールを買いに行き、郵便局の前で詰め直し。どうにかこうにか発送しましたが、電車の出発まで残り40分。郵便局から駅までは45分。大ピンチ!
ロベルドはブッチャー号を飛ばしました。まるでルパンのように・・・デコボコの多い南仏の道を130キロで飛ばすから揺れる、揺れる、車内に置いてあった肉切り包丁セットがバラバラになって踊っているし、フロントガラスには大きなヘビが落ちてくるし・・・ついでに隣でナターシャは叫び、僕は「もう駄目ッス。ゲーしそうです。」と。
危険なドライブのお陰で奇跡的に間に合った僕達は、喜びながらこぶしとこぶしをつき合わせて俺達最高!と称え合い、ホームへ。しか〜し、電車が来ない。。。そう、僕達は間違っていたのです。その一本だけは普段使う駅Avignon TGVではなく、10分ほど手前ににある駅Avignon Centreからだったのです。そして、ホームで青ざめている僕達の目の前をその特急電車がもの凄い速さで走り抜けて行きました。3人で頭を抱えて「オーマイ・ガット!」
だけど、その後のナターシャがカッコ良かったのさ。写真集に出てきそうなぐらいに美人な彼女は「私に任せて」と一言残すと、スタスタとチケット売り場のおじさんの所へ。「こんにちは!素敵な駅員さん。私のフレンドが電車に乗り遅れちゃったの。次のパリ行きに切符にチェンジしてくれない?」と。そして世界中の男性が「もちろんYESです。切符代は僕が払いま〜す。」と言いたくなってしまうような最高の微笑みを・・・。
そしたら、そのおじさん、僕の方を見ると同時に親指をグイッと突き出し、ウインクを。えぇ〜ウソでしょう。。。そんなことで切符を代えてくれるのですか・・・おじさん、完全に落ちちゃった。。。
1時間後、僕達はギュッとハグをしてから別れたのでした。ロベルト、ナターシャ、君達は最高だよ!!

想い出したサンタフェの旅
20080208
あれはサクラが満開だった4月の初め、夜中にふとテレビをつけるとお笑い番組が。72年生まれの芸人が集まり、育った時代背景を皆で懐かしむ内容でした。その中で宮沢りえが写真集【サンタフェ】を出版した時は大騒ぎだったとか・・・
その瞬間、僕の中で眠っていた思い出がムクムクと。あれは中学生の頃だったでしょうか。まだエッチな本を買うことが大冒険だった僕と友人達にとっては写真集の出版は大事件でした。そして忘れもしない発売当日、仲良しだったシカちゃんが1時間遅刻して教室に入ってくると、意味ありげな不敵な笑みと共に一冊の本を天高く突き上げました。なんとあの【サンタフェ」ではありませんか。一瞬にして男の子はもちろん、女の子も「ヒョォ〜」と叫びながら彼の下へ。そして、僕は大きな仕事をやり遂げたシカちゃんとハイタッチを交わし、「君の勇気に乾杯」とハグをしました。あの時、彼はクラス皆のヒーローに、いや、伝説の人となりました。だって、あれから宮沢りえを見ると必ずシカちゃんを想い出すのですから・・・
それからちょうど10年、突如として人生に悩み始めた僕は答えを求めるように読書漬けの毎日。ある日、兄の本棚に並んでいた「今日は死ぬのにもってこいの日」というネイティブインディアンの詩集を読み、「答えはインディアンさんに聞いてこよう!」と3日後にはニューメキシコ州タオス・プエブロというネイティブインディアンの集落へ出発しました。
人生の答えを探しにスピリチュアルな旅だね〜と自己満足に浸りながらアルバカーキーという街からタオス行きのバスに数人のお客さんと乗っていると、バスの運転手さんが話し掛けてきて、「Do you know ミヤザワ?」と。僕は「ミヤザワさんは日本にいっぱいいるからなぁ〜」と景色を見ながら答えていたのですが、なんか懐かしいのです。初めて来た場所なのに見たことのある風景・・・。岩とサボテンしかないカラカラの大地に雲1つ無い青空。誰かと来た事があるような・・・あっ、ここは宮沢りえのサンタフェだ!オーマイ・ガット!僕のスピリチュアルな魂の旅がシカちゃんの伝説と一緒になってしまった。。。。
あの旅以来、僕は【悩みごとがあると寝てしまう】という能天気な人間へと生まれ変わりました。うん?もしかして魂が入れ替わったの???
■写真はタオスの守り神である亀さん。ネイティブインディアンに交渉して譲ってもらったブレスレット。そして僕に旅を決意させた一冊の本です。

バレンタインデー
20080208
無い、ない、ナ〜イ。おもしろネタが何も無い僕は話題探しにカレンダーとニラメッコ。すっかり忘れていました。2月と言えばバレンタインデー!!
「ヒャ〜これはついに必殺技を出す時が来たかもね。」と朝から新宿の製菓材料店にGO。だけどバレンタイン直前に行ったのは最大の間違いでした。女性、女性、女性・・・そんな中に男は僕1人。皆の冷たい視線が・・・痛すぎる。お願いですからそんな目で見ないで下さい(涙)
「撮影用なので領収書お願いします」と店員さんに無駄なアピールをしながら、どうにかこうにか恐怖の買い物は終了。人生でこんなに緊張したのは初めてかもしれん。。。
で、「愛をくだ〜さい。うぉうお〜」と歌いながら作った一皿です。内側を柔らかい状態のまま焼き上げるチョコレート菓子【フォンダンショコラ】はスプーンを入れると内部からトロ〜リと。更にひと工夫してホワイトチョコを使用。そしてバニラアイスもエ〜イと自家製。デコレーションはシンプルな大人バージョンと今日は大雪なので”お子様限定『雪やコンコン』”バージョンを。
元々はお菓子メーカーの策略で作られた、おもいっきり商業的なバレンタインの習慣。だけど愛情表現がヘタな日本人には素晴らしい行事かも・・・
大好きなパートナーがいる皆さん、ちゃんと愛情表現をしていますか?二人が出会ったあの日を覚えていますか??愛情って、誰からも貰えない時は彷徨い求めるのに、手に入れちゃうとそれを当たり前にしてしまうような・・・
しかし、僕はそれじゃダメだと思う。失恋の数と海外一人旅の経験なら全国のアンティーク屋の中でも上位だなとチョコット自信のある僕は強く思う。愛は大切だよ。大好きと思えること、大好きと言ってもらえること。これは奇跡なんだから、そんなパートナーと出会ったら宝物の様に大切にね。壊れてしまってからでは遅いんだから。。。
だけどこれって日本の場合は男性に伝えるべき言葉かも。日本の女性は優しくて、可愛くて、素敵だぞ〜。外国の女性はこんなに優しくないよ。直ぐにドロップキックが飛んでくるからね。ヘタしたらバックドロップです。
だから、パートナーを大切に。今の2倍も3倍も優しくね。たまにはスペシャルなサプライズを!!
そして、まだ特別な人がいない・・・そんな時は次の出会いのために準備、準備と。
ほいじゃ、皆様にHappyが訪れますように。

■この文章に対しての男性からの苦情は受け付けません(笑)
クリスマスとサンタさんと数字の7
20071224
店主のページを始めてから毎回ヘナチョコ話となっているので、たまには真面目に。クリスマスとサンタさんと数字の7の小さな物語です。

僕が初めて女の子とデートしたのは中学生の時、クリスマスイブの映画館でした。何もかもが初めてだった僕はドキドキし過ぎてほとんど記憶喪失。覚えている事と言えば帰国子女だったその子が話してくれたニューヨークとロンドン。そして映画の中でサンタさんが語った『夢を、希望を持ったら、大切に心の中の引き出しに仕舞っておくんだ。そうすればいつか叶うさ』という言葉。
その7年後、ニューヨークに住んでいた僕は、クリスマスの夜にnanaという彼女に振られました。ヨレヨレになっての帰宅途中、電気屋さんでテレビに写し出されていた”海の見える美術館”が僕の心をギュッと。名前も場所も知らないけれど、いつかその美術館へ!!。
7年後、仕事を辞めて”世界の果てを見に行こう!!”と旅したイギリスで、バスに乗り損ねて小さな村の美術館に立ち寄りました。そこのロビーは前面ガラス張りでとてもオシャレ。『うひょひょ〜』と喜びながら外を見た時、僕の全身に電気がビビビと。そうなんです。あの電気屋さんで見た海だったのです。そして、その旅の途中で僕はアンティーク屋さんになりたいと思いました。
それから7年経った今、僕はアンティーク屋になりました。そしてクリスマスイブの前日、実家の倉庫で見つけた1本のフィルムを現像したら海の景色が・・・。そうなんです。あの時の海だったのです。。。

ちなみに、初めてデートした年の大晦日、高校生と歩いているその子の姿を見て僕の恋は終わりました。それはデートから7日後のことでした(泣)
2007年買い付け旅行
20071101
 買い付け前夜は遠足前の小学生の様にドキドキしてほとんど眠れない僕が今回はバッチリ熟睡。「この旅はラッキーな事があるかもね。」とニンマリしながら20日間のParis・Provence旅行へ出発しました。
 エールフランスでの美味しい食事と楽しい会話、何故かいつもより綺麗でとっても広いホテルの部屋(受付の人が他の人の部屋と間違って後から大騒ぎ。)、約束していた現地バイヤーさん達との楽しいディナー、良いことだらけで僕は幸せでした!!と言いたいのですが・・・
 重い、重過ぎだ〜!!期間中にパリでは大規模なストライキが決行されて電車もバスも全部ストップ。それが原因で南仏からの移動日を急遽変更。企業がパリの主要ホテルを全部押さえてしまったため野宿のピンチに。やっと見つけたホテルへは30キロオーバーのスーツケースをヨロヨロと引きずながらの移動。そんな時に限って嘘の様な災難が僕に。。。
 荷物を引きずる僕の前を小さな丸い物体がコロコロと。それと同時にスーツケースがズズズズズ・・・なんてこったい、小さな物体はトランクの車輪ではないですか!!!どうやら規格外の重さのまま街中を歩いていた為、タイヤと路面の摩擦から異常な熱が発生して接続箇所のプラスチックが溶けてしまったのです。
 地下鉄もバスも完全にストップしたその日に頼れるのは自分だけ。「僕は男だから気合だね」と30キロを「エイヤ」と抱きかかえて宿までの残りの道を気持ちだけはヒョイヒョイと。だけど重過ぎて直ぐにヨロヨロに。宿に到着した時には汗でビショビショ、腕はピルプルで完全に抜け殻状態になっていたのですが、大きな荷物を抱た僕の姿を見た宿の主人はこの細い日本人のどこにそんなパワーがあるのかと、しきりに僕の腕を触りながら”you are strong man!!”と褒めるのです。そして、腕のケイレンで判読不能の僕のサインも大絶賛”Beautiful chinese character!!"と。
 だけどおじさん、僕はストロングマンじゃないよ。それ漢字じゃなくては英語だよ・・・

 といった感じでフランス名物ストライキと重い荷物に苦労した買い付け旅行でしたが現地で温かく親切に持て成して下さったバイヤーさん達には本当に感謝です。そして何よりも、いつも弊店を応援して下さっている皆様には長期間の休業にもかかわらず再び弊店をご訪問頂き心から感謝申し上げます。たくさん連れてきた素敵なアンティーク達をお楽しみ頂ければと願っております。

■写真上段はパリに住んでいるアーティストさんのアンティーク保管倉庫。
■写真下段はプロヴァンスの買い付け場所です。とても綺麗な水路と水車に囲まれた町です。因みに電車は一日8本。駅にいるのはいつも僕だけ・・・
Good-by ハーレム!!
20070922
ワイルドサイドを歩け!!とニューヨークで選んだ滞在先はハーレムにあるボロアパートの半地下ワンルーム。鍵は5個ついているけどノブが抜き取られたドアにはまん丸の穴がスコ〜ンと。
そんな滞在先での生活も残すところ2日となった夜、あとは寝るだけとソファーでフニャけてTV鑑賞。するとスピルバーグ製作指揮の毒グモパニック映画【アラクノフォビア】が。大きなクモが近づいてくる描写は名作【ジョーズ】の様に恐怖と臨場感で冷汗がタラリ。。。
鑑賞後、虫は大嫌いだけど冬だから大丈夫だもんねと布団に潜り込もうとした僕は凍りつきました。ドアノブの穴から特大サイズのクモがニュラ〜リと入ってくるのです。
ヒョエ〜と驚いた僕は空っぽの旅行カバンをドアの下に置き、クモが入ったと同時にフタをパタン。だけどこのカバンをどうするよ〜。困った僕は捨て場所を求めて危険なハーレムをグルグルと。
その時、人生最大の危機が僕に訪れました。3人の怖い人達に囲まれDo you have money?命の危険を感じた僕は、史上最高の笑顔で「I Give you this bag」とカバンを渡して猛ダッシュ。死に物狂いで走って数百メートル。タクシーに乗り込もうとしたその瞬間、彼らの悲鳴が・・・クモが入ったままだよ〜ん。
それから数年後、再び訪問したその場所はすっかり再開発され、恐怖のハーレムから幸せいっぱい、ピカチュウいっぱいのおもちゃ屋さんになっていました。Good-by 恐怖のハーレム。。。
ぐるぐる美術館
20070714
金無し、予定無し、期限無しでフラフラとニューヨークを旅していた頃、度々訪問していたのがこの写真のグッケンハイム美術館。建築家フランク・ロイド・ライトが設計したこの建物の内部はグルグルと螺旋状になっている為、お客さんはエレベーターで1度最上階に上がってから、1本道をみんなでゾロゾロと降りてくるのです。
フラリと訪れたその日は偶然にもエレベーターの点検日で下から上まで全部歩きだけど入場料は半額。喜んで入場した僕ですが、背後に怪しい気配が・・・誰かに見られている様な・・・そう、ムキムキのBodyにピチピチのTシャツと黒い革パン。顔はジャック・ニコルソンのおじさんが僕の後ろにピタッと。『こ、これは史上最大のピンチ。誰か助けて〜』と心の中で叫びながら館内を下から上へ、上から下へとグルグル、グルグル。とうとう僕の早足攻撃について来られなくなったジャックの気配は消えて完全勝利!!
極度の緊張から開放された僕はトイレでホッと一息。『ふうぅ〜もう安心だもんね〜』と呟いていると隣で微笑んでいるおじさんが・・・『ヒョェ〜ェ〜、Jack came back!! 』  
結局、僕は30分間も熱烈に口説かれたのですが、話し始めたジャックは完璧に”おすぎとピーコ”でした。
崖っぷちツアー
20070531
今から5年前。それまでの仕事を辞め、彼女とも別れ、人生崖っぷちだった僕は人生リセットということで無期限の海外一人旅に出ました。その”1人崖っぷちツアー”の終着地は”世界の涯て”と呼ばれるイギリスの端っこLans' End 。ここは香港映画「世界の涯てに」でも主人公が訪れる場所です。仕事で疲れていて半分居眠りしていたけれどそのワンシーンだけは僕の心にずっと。せっかくの旅だから,あの心の場所へと計画しました。
地図も調べたしもう完璧だもんねと成田空港を出発して、アメリカ、フランス、アイルランド、そしてついにイギリスへ。
ロンドンの安宿に滞在して3週間。そろそろゴールであるLand's Endを目指そうかなという前日、ホテルのロビーで仲良くなった学生アルバイトのボブに最後のお別れを。その時なんとあの映画が上映されているではありませんか。”ああ〜なんという奇跡だ。きっとあの崖が僕を呼んでいる!!明日はここへ行くんだよ!!"と興奮しながら涙目で話す僕にボブは一言「ヒサヤ、この場所スコットランドだよ。」
オーマイ ガット!!僕はあの映画の何を観ていたのだろう・・・(涙)
その日から、僕のことわざ辞典には新たな仲間が加わりました。【疲れた時には映画を観るな!!】

これから少しずつ・・・
20070410
こんにちは、ドアノブ店主の宍倉です。本日より店主のページがオープンです!!
インターネットのお店は働く人の顔が見えないので不安がいっぱい。そこでこのページによってドアノブに安心と親しみを感じて頂ければと思っております。ひと月に1回の超スローペースで好きなことや、海外での出来事をユル〜く書いていければと思っていますので、これからよろしくお願いします。
 さて、記念すべき最初のテーマはキース・へリング。この絵は皆さんも一度は目にしたことがあるのではないでしょうか??もちろんアーティストとしても好きなのですが、僕には悲しい思い出があります。あれは忘れもしない高校3年生の冬、美大に入る為に予備校の油絵科へ行っていました。そこのデザイン科には気になる可愛いあの娘が・・・
ある時、休憩室で偶然一緒になった彼女とドキドキしながら会話をしていたら、雑誌をおもむろに取り出して「なんかこの人宍倉君に似ているよね〜」とキースを指差しているではありませんか。「ガヒョ〜ン、僕はこんなおじさんに似ているのか・・・」
当時、多感な高校生だった僕はしばらくキース恐怖症になったのでした(泣)結局その年の受験はキースのせいで(?)失敗して浪人生活を送ったのですが、その間一番影響を与えてくれたのもなんとキース・へリングでした。